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by tekumaku_w

ディオール青ピンクの秘密




青ピンクといえば、みなさまご存じ、ディオールやサンローランの80年代一世風靡の青ピンクの丸の内カラー口紅。この色をフューシャ色っていうんですが、フューシャって花の色だって知ってました? 以前にディオール様の生まれたお家の庭の話をしましたが、そこにもちゃーんとフューシャが植えられていました。フランス語名はフクシア。庭師の人にこれフクシアでしょ?といったらウィーといってました。ほうせんかみたいに下向きにつりさがる花です。


で、話はディオール青ピンク口紅。ムッシュが初めてのコレクションを発表したのは1947年だったのですが、トータルルックというものを常に考えていた彼は、服だけでなく香りも一緒に作らねばルックは完成しない、とすぐさま香りをつくり「ミスディオール」となづけました。そしてひきつづき、ルックを完成させるためのものとして作ったのが、口紅だったのです。


当時のディオールの顧客は上流社会のマダームだったので、ドレッサーの飾りにもなるクリスタルのオベリスクに入ったデコラティフな口紅を作ったんですが、さらに、ハンドバッグに入れて持ち運ぶための、ゴールドとシルバーのケース入りの口紅も一緒に出したところが、ムッシュの先見の明があるところ。この最初に作った口紅は去年の夏にディオール生家のミュゼに展示してありました。

残念ながら57年にムッシュは亡くなりますが、その後もメゾンは、オートクチュールを発表するごとに、それに合う化粧を提案しはじめました。68年からは、のちの資生堂インウイで有名になるクリエイター、セルジュ・ルタンスがディオールのメイクアップクリエイターに就任。69年からは口紅だけでなくネイル、アイシャドウなどをひとつのデザインでまとめた、マキヤージュ(フランス語で化粧という意味)のラインを発表したのです。

マキヤージュの白に紺とゴールドがアクセントというデザイン製品には、口紅や4色アイシャドウがあり、私などはめちゃくちゃなつかしいのですが、だってこのデザインは80年半ばまで残っていたのですからねー。当時の大学生や働く婦女子の憧れのまとですよ。

80年代半ばを過ぎると・・・サンククルールが生まれ、そのデザインはブルーにゴールドラインのものに一新されます。時のメイクアップクリエイターはティエンというベトナム人アーティスト。彼こそが青ピンクの傑作 ルージュアレーブルの565 475という不朽の名色を生んだ張本人でした。ティエンはその後、カメラマンとなり、いまでもディオール社にいて、広告ビジュアルの写真をとっていますのよ。


実はセルジュルタンスの時代から、青ピンクコレクションは存在してたんですよ。74年のルックにあるスカーレットマゼンタ1と2。急にティエンの時代に、急にわいて出たのではなく、もともとディオールメイクアップの系譜にあった色なんですね。


それもこれも、以前の庭の話でしたと思うけれど、ムッシュの創造力の源はことごとくお庭の草木や花々だった。だからフクシアの花のある庭から青ピンク色は自然に生まれて出たのですねー。


でもその青ピンクにイリディッセントの怪しい光と輝きを加えたのはティエンです。またいくらティエンが発想したとしても、その色素が技術的にできなければ口紅の色は誕生しなかった。新しい色素と玉虫色パールの開発が裏にあって、565や475は、あの時代に世に生まれてきたのでした。

あの時代ってどの時代かというと、80年代のディオールピンク史をその直前から紹介しますと

★84年 パステルトーンの可愛いピンク 365 575(ともに販売終了)

★85年 ブルーやグリーンのオペラ化粧のような目もとにあわせたのは、ハイビスカス色の766をはじめパステルより強めのピ口紅

★86年春 目元に妖艶なピンクやオレンジの暖色が入った年、口もとには277のパームツリーなどのやはり濃い系のピンク

★86年秋 玉虫色の565 デビリッシュローズ(悪魔のようなローズ)が生まれたのはこのとき。この年プワゾン発売される。

★87年 ルックのテーマ、チベットにあわせたティベ(チベットのフランス語名)という名の色が475フューシャカラーでした。 

バブルを現実に最初から最後まで体験した者として、プワゾンはとても印象的です。当時、クラッシィの美容記事づくりをしていて、お貸し出しなどで六本木をとおる機会が多かったのですが(当時いまのヒルズのけやき坂下のあたりにレブロンとマックスファクターがあったのです)このころ、六本木から地下鉄に乗ろうとすると、下から、甘いプワゾンの風が吹いてきたものでした。わかります? 地下鉄がとおると駅から地上に向かって風が吹くんだけど、その風がプワゾンの甘い匂いなんですよ。うわぁああって感じ。六本木という場所に似合いすぎるというか、ひとつ香りが流行るとみんなその香りをこぞってつけた時代だったというか、この香りとともにバブルが始まっていったというか、なんともなつかしい思い出なのであります。そんな時代にディオールの青ピンクは生まれてきたのですねー
by tekumaku_w | 2006-07-22 19:07